5-PAWL 「ソクラテス」





第5回PAWLは無事に終了いたしました
参加された皆様に改めて感謝いたします 

第5回カフェフィロPAWL、無事終わる(2017.6.9)


ポスター

日時: 2017年6月9日(金)18:30~20:30
 場所: ルノアール・飯田橋西口店
テーマ: ソクラテスの死が意味するもの 

今回は哲学の元にあると言われるソクラテスの死について考えます。死という人間の究極の選択の背後には何があったのか。それによって、なぜソクラテスが哲学の祖といわれるようになったのか。そして、哲学とは一体どのような営みなのか。これらの疑問を基に講師が50分ほど話した後、参加者の皆様に考えを展開していただき、懇親会においても継続する予定です。今回の議論にはプラトンの『ソクラテスの弁明』や『クリトン』などが参考になると思われます。始まる前には想像もできなかったような議論の展開を期待したいと思います。興味をお持ちの方の参加をお待ちしています。

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会のまとめ


今回は、ソクラテスの死を振り返ることにより、哲学という営みが持つ本質的な性質と死とどのように向き合ったらよいのかという人間が抱える究極の問いへの足掛かりを得ることができないかという問題意識の下に開催した。個人的には、半世紀以上前に読んだことになっているプラトン描くソクラテスに再び触れ、どのような感慨が浮かぶのかという興味もあった。このような過程が精神の浄化に導くと感じてきたからだが、今回もその期待を裏切らなかった。

ソクラテスのように自らの作品を残していない哲学者の場合、どのように評価するのかが難しく、常に「神秘的存在」とされることが多い。アリストファネスの『』が一番早くソクラテスを描いたようで、ソクラテスが40代後半に差し掛かる頃の姿がソフィストとして戯画的に描かれている。それから弟子のプラトンによる作品群がある。特にソクラテスの死に関しては、ソクラテスの弁明』、『クリトン』、『パイドン』 の中に裁判から投獄されている時期のものを経て、ソクラテス最期の日に起こったことが描かれている。それからやはりソクラテスの弟子のクセノフォンによる『ソクラテスの思い出』がある。19世紀末まではこれらの作品が同じ比重で扱われていたという。プラトンによるソクラテス像が優勢に見える現代とは大きな違いであろう。今回は主にプラトンによるソクラテスの思考と行動から真の哲学あるいは哲学者とはいかなるものであり、生と死をどう捉えればよいのかについて考えることにした。

ソクラテスの哲学の基本になる考えは、次の有名な言葉に表されているだろう。
「魂の探究なき生活は人間にとり生甲斐なきものである」 『ソクラテスの弁明』 
「一番大切なことは単に生きることそのことではなくして、善く生きることである」 『クリトン』
(いずれも、久保勉訳)

ただ、これらの言葉の意味を半世紀前、いや10年ほど前でさえ理解していただろうか?答えはかなり怪しい。しかし、今それを理解できると思わせているのは、曲がりなりにもその生活を経験することができたという確かな感覚が自らの中にあるからだろう。意識してそうしたのではなく、生きてきて振り返るとそうだったということにしか過ぎないのだが、、。

ソクラテス(プラトン)は、精神(魂)と肉体の二元論を採っていた。その上で、肉体に対して精神の絶対的優位を主張した。肉体は精神に敵対するもの、真の理解に至る過程を阻害するものと考えていた。そのため、哲学者はできるだけ肉体の影響を精神から排除するのがよいとされた。そして、最後に精神だけの状態に近づくことが哲学者の仕事であると考えたのである。

彼は、生と死は循環するもので、生は死に至り、死は生を生み出すと捉えていた。また、肉体は死後滅びるが、精神は永遠に生きると考えていた。つまり、死はわれわれを精神だけの理想的な状態に持って行くものとして捉えていたので、哲学者たる者、死を恐れるはずがあろうか、と続くのである。寧ろ、哲学者とは死者の状態で生きる者を指すとも言えるだろう。かなり突飛に見えるこのような考えも、今では理解可能になっている。近代に入り、例えばニーチェは「肉体に理性が備わっている」と見ていたし、さらに現代に入ると体の重要性は益々増している。今後、新しい見方をどのように位置付けるのかが問題になりそうである。

このように死を見ていたソクラテスは、本当に恐れることなく毒胚を呷ったものと想像できる。もし、彼がこのような最期を迎えたのではなく、寝床で平穏に死んだのだとすれば、あるいはその前に人の勧めに従って脱獄していたとすれば、哲学は生まれなかったか、あるいは別の形になっていたのかもしれない。ソクラテスの死をどう見るのか?それを論じ尽くすことはこのような短時間では所詮無理な注文だろう。これからも折に触れて、ソクラテスやプラトンが考えた問題について、考え直して行きたいものである。

自在に議論を展開された参加者の皆様に改めて感謝したい。


Jacques-Louis David, La mort de Socrate (1787)


参加者からのコメント

有意義なカフェの設営、有り難うございます。   
 カフェでは、日常生活・仕事の領域に止まらない、「自分の中にある精神世界(思索の世界、魂の空間)の広さ」に気付き、その空間の中に沈み漂っていく自由さや、この空間を知って漂うことによって生まれる、人の精神的安定性の話が印象的でした。  
 カフェでは、この空間の一端に、この空間が広いからと急ぎ議論が広がるのではなく、水の中に水以外の液体を垂らして自由に広がらせるように、矢倉様ブログに記載されているとおり「これまでになく、どこかゆったりとした空気の中、自在に話題は広がった」と感じました。時間があれば、ソクラテスに「回心」があったかもしれないこと(残っている文献からすると、中年時代の詭弁家から深い問いを発する哲学者に転向したかもしれないこと)についても議論したかったところです。   

 カフェで当方から話題にした情報のアドレスを記載します。   

仕事は「勉強家」肩書に込めた思い (新職業図鑑)   
※要会員登録記事  私が登録した際は、登録料無料で、ログインすると月10本まで記事を見ることが出来ました。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO17055020Q7A530C1I00000/  
(要旨)  
氷山の一角である「do肩書き」(組織で○○をしています)から、海面下の氷山に相当する「be肩書き」(自分はこうなりたい(be動詞))として、自身で学びつつ皆の学びをファシリテートする「勉強家」とのユニークな名刺を配って活動中   

兼松佳宏氏のツィッター  
https://twitter.com/whynotnotice   

漢字三千年展   
巡回展の最後に、今年8月に高崎で開催
https://www.kanji3000.jp/   

以下は、当方が注目している記事・書籍です。   

その他注目記事  
投資銀行マンと作曲家の二刀流 ドラマ楽曲やCDも
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO16794430U7A520C1000000?channel=DF180320167086&style=1   

注目図書  「宇宙のランドスケープ」日経BP社 レオナルド・サスキンド著、松井孝典訳  
誰が宇宙の物理定数を微調整したかとの内容の本のようです。  毎日新聞 2017年1月31日(火)夕刊・3面で紹介

● 先日は楽しいディスカッションの時間を設定いただき有難うございました。今回のソクラテスの死というテーマでは何人かの人の言葉をご紹介くださいました。特に印象的だった言葉がいくつかありました。プルタークの「・・・ソクラテスはドクニンジンを呷ったので哲学者になったのである」で、哲学に従い平然と死を乗り越えていったソクラテスのこの行動が、その後の哲学を形成させていったように感じました。 ピエール・アドーの「そもそも哲学とは回心である」、そして「・・・哲学とは日常的な活動である」という言葉も目から鱗でした。矢倉先生の会に参加させていただき一年が過ぎました。私にとって、哲学とは何かという問題は、依然としてすんなりと頭に入ってきません。ご紹介いただいたこれらの言葉には、哲学の本質が含まれているように思いましたので、よく考えてみたいと思っています。有意義なディスカッションを有難うございました。

● 先日のカフェフィロPAWLは「ソクラテスの死が意味するもの」がテーマとなっているので、恐る恐る出席したというのが本音に近かったのですが、矢倉さんの問題提起がよく噛み砕かれていたので、すんなり入っていけました。昔、小田実が「最も影響を受けた本は?」と問われて、「ソクラテスの弁明」と答えていて、「格好つけやがって」と感じたことを思い出しました。緒方貞子さんが、「日本外交には裾野の広さ、人材が不足している、即ち西洋古典(ギリシャ、ローマ)に遡って考えを致すことができる人材が本当にいるかどうかとなると疑問が残る」と語っていました。西洋哲学の祖は自らの(肉体の)死をもって現代にまで、そして未来にまでその魂、精神、哲学を伝えているのでしょうか。ソクラテスは死んでいませんね。 

● 先日はありがとうございました。哲学に対して、今後どのように関わっていくかはまだぼんやりとしていますが、考える種になったのでありがたかったです。また、機会がありましたらよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。


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(2017年6月10日まとめ)







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